過敏性腸症候群(IBS): 下部消化管症状を訴える患者へのアプローチ: メルクマニュアル18版 日本語版
過敏性腸症候群は,様々な程度の腹痛,便秘または下痢,腹部膨満など,再発性の上部および下部消化管症状を呈する疾患である。原因は不明で,病態生理は十分に理解されていない。診断は臨床的に行う。抗コリン薬およびセロトニン受容体に活性を示す薬剤をはじめとする薬物,ならびに食事の管理による対症療法を行う。
(See also the American Gastroenterological Association's technical review and medical position statement on irritable bowel syndrome.)
病因
過敏性腸症候群(IBS)の原因は不明である。器質的原因は認められない。感情的要素,食事,薬物,またはホルモンが消化管症状を誘発または悪化させることがある。患者によっては不安障害(特に,パニック障害,大うつ病性障害,身体化障害)がある。しかしながら,ストレスおよび感情的葛藤が必ずしも症状の発現および再発と時期的に一致するとは限らない。一部のIBS患者は,学習された異常な病的行動をとるようである(すなわち,感情的葛藤を消化器症状,通常は腹痛として訴える)。IBS患者,特に難治性症状を有する患者を評価する医師は,性的または身体的虐待など,未解決の心理的問題がないか詳細に調べるべきである。
病態生理
一貫した運動異常はない。結腸活動の遅延および持続を伴う胃結腸反射異常を有する患者もいる。胃内容排出減少または空腸運動異常が認められることがある。一部の患者では明らかな異常が認められず,明らかな異常が認められる患者では異常が症状と相関していないことがある。小腸通過は一様でない:時に近位小腸は食物または副交感神経作動薬に対する反応性が亢進しているようである。S状結腸の内圧に関する研究は,機能性便秘は結腸膨起の反応性亢進(すなわち,収縮の頻度および振幅の増加)がある場合に起こりうるということを示している。これとは対照的に,下痢は運動機能低下に関連している。したがって,強い収縮は,時に通過を促進したり,遅延させたりする。
過剰な粘液産生は,IBS患者においてしばしば認められるが,粘膜傷害には関連していない。その原因は不明であるが,コリン作動性消化管運動亢進に関連している可能性がある。
carnieウィルソン減量
正常量の腸管内膨張に対する過敏性および正常量の腸内ガス存在下での痛覚過敏が認められる。疼痛は,腸管平滑筋の異常に強い収縮または膨張に対する腸の感受性亢進によって起こるように思われる。ガストリンおよびコレシストキニンなどのホルモンに対する過敏性も存在しうる。しかしながら,ホルモンの変動は症状と相関していない。カロリー密度の高い食物は,筋電活動および胃の運動の大きさおよび頻度を増加させることがある。脂肪摂取によって運動活性のピークが遅延することがあるが,IBSではその症状が悪化しうる。月経の最初の数日間は一過性にプロスタグランジンE2が上昇し,恐らくプロスタグランジンの放出によって,疼痛増強および下痢が起こる。
症状と徴候
IBSは,10代および20代に発症する傾向があり,不規則に再発する症状の発作を引き起こす。成人後期における発症はあまり一般的ではないがまれではない。睡眠中の患者が症状によって目覚めることはめったにない。ストレスまたは食物によって症状が起こることがある。
IBSの特徴として,排便に関連する腹痛または排便によって軽快する腹痛,排便回数の変化または便の硬さの変化,腹部膨満,粘液便,および排便後の残便感などがある。一般に,疼痛の性質および部位,増悪因子,排便パターンは,患者によって異なる。通常の症状との相違または通常の症状からの逸脱は,生理学的疾患の併発を示唆することがあり,徹底的に調べるべきである。IBS患者はまた,腸管外症状(例,線維筋痛症,頭痛,性交疼痛症,顎関節症候群)を有することがある。
IBSは主に2つの臨床型に分けられる。
便秘型IBSでは,大部分の患者は,結腸の1カ所以上に痛みがあり,排便回数が正常な期間と便秘期間が交互にある。便はしばしば透明または白色の粘液を含む。疼痛は,発作的に起こる疝痛,または持続性の鈍痛のいずれかで,排便によって軽快しうる。一般に摂食によって症状が誘発される。鼓腸,放屁,悪心,消化不良,胸焼けも起こりうる。
下痢型IBSは,起床してすぐに,または特に早食いの人で,食事中もしくは食直後に起こる急な下痢を特徴とする。夜間下痢はまれである。疼痛,鼓腸,便意切迫はよくみられ,便失禁が起こることもある。無痛の下痢は典型的ではなく,医師は他の診断の可能性(例,吸収不良,浸透圧性下痢)を検討すべきである。
診断
高血圧管理
診断は,特徴的な排便パターン,疼痛の時間および性質,身体診察およびルーチンの診断的検査による他の病変の除外に基づく。次のような"危険信号"が存在する場合には,より集中的な診断的検査を行うべきである:高齢,体重減少,直腸出血,嘔吐。IBSと混同されることがある一般的疾患には,乳糖不耐症,憩室疾患,薬物誘発性の下痢,胆道疾患,緩下剤の乱用,寄生虫症,細菌性腸炎,好酸球性胃炎または腸炎,顕微鏡的大腸炎,早期の炎症性腸疾患などがある。
下痢患者では,甲状腺機能亢進症,カルチノイド症候群,甲状腺髄様癌,VIP産生腫瘍,ゾリンジャー-エリソン症候群の可能性もある。炎症性腸疾患患者の年齢は二峰性分布を示すため,若年患者と高齢患者の両方を評価する必要がある。60歳を越える患者については,虚血性大腸炎を検討すべきである。器質的病変が認められない便秘患者については,甲状腺機能低下症および副甲状腺機能亢進症の評価を行うべきである。患者の症状が吸収不良を示唆する場合は,熱帯性スプルー,セリアック病,ホウィップル病を検討する必要がある。排便時の過度のいきみを訴える患者については,排泄障害(例,骨盤底共同運動障害)を便秘の原因として検討すべきである。
病歴
疼痛の性質,排便習慣,家族の相互関係,薬歴および食事歴に特に注意すべきである。個人的問題に対する患者の解釈および患者の全般的な感情状態も同様に重要である。患者と医師の相互関係の質は,効率的な診断および治療の鍵を握る。
ローマ基準は,症状に基づくIBSの標準化診断基準である;次の(1)および(2)の症状が3カ月以上存在する場合に基準を満たす:(1)排便によって軽快する腹痛もしくは腹部不快感,または排便回数もしくは便の硬さの変化を伴う腹痛もしくは腹部不快感,(2)次の症状の2つ以上を伴う排便障害:排便回数の異常,便性状の異常,便排出異常,粘液の排出,鼓腸または膨満感。
身体診察
患者は一般に健康であるように見える。腹部触診では,特に左下腹部に圧痛を認め,時に圧痛のあるS状結腸を触知することがある。便潜血検査および直腸指診を全ての患者に行うべきである。卵巣腫瘍,卵巣嚢胞,子宮内膜症はIBSに似た症状を呈することがあるが,女性では,これらの疾患を除外するのに内診が有用である。
検査
"処方減量"とブランド
軟性ファイバースコープを用いた直腸S状結腸鏡検査を行うべきである。S状結腸鏡挿入および送気は,しばしば腸の痙攣および疼痛を誘発する。IBSにおける粘膜像および血管像は通常,正常に見える。排便習慣の変化が認められる40歳以上の患者,特にIBS症状の既往がない患者については,結腸ポリープおよび結腸腫瘍を除外するために大腸内視鏡検査を行うことが望ましい。慢性下痢患者,特に高齢女性では,粘膜生検で顕微鏡的大腸炎の可能性を除外できる。
多くのIBS患者に必要以上の検査が行われている。ローマ基準を満たした患者のうち,別の病因を示唆する他の徴候や症状が認められない患者では,臨床検査は診断に役立たない。症状が決定的なものでない場合,次の検査を行うべきである:CBC,ESR,生化学的プロフィール(肝機能検査および血清アミラーゼなど),尿検査,甲状腺刺激ホルモン。
他に他覚的異常が認められる場合に限り,追加検査(超音波,CT,バリウム注腸X線検査,上部消化管内視鏡検査,小腸X線検査など)を行うべきである。器質的異常が認められる場合には,水素呼気検査の適応となる。便の培養または寄生虫卵検査は,実施を裏づける旅行歴または症状(例,発熱,血性下痢,重度の下痢の急性発症)がない限り,めったに適応とならない。
併発疾患
患者は別の消化器疾患を発症することがあり,臨床医は患者の訴えをあっさり片づけてはならない。症状の変化(例,疼痛の部位,種類,または強度;排便習慣;便秘および下痢)ならびに新たな症状または愁訴(例,夜間下痢)は,他の病変を示唆することがある。検査を必要とする他の症状として,鮮血便,体重減少,非常に重度の腹痛または異常な腹部膨満,脂肪便または著明な悪臭便,発熱または悪寒,持続性の嘔吐,吐血,患者を眠りから覚ます症状(例,疼痛,便意切迫),症状の着実な進行性悪化などがある。40歳以上の患者は,若年患者よりも生理学的疾患を併発する可能性が高い。
治療
支持療法および緩和療法を行う。共感的な理解および指導が最も重要である。医師は基礎疾患について説明し,生理学的疾患がないということを納得のいくように説明する必要がある。このため,正常な腸の生理機能のほか,ストレス,食物,薬物に対する腸の過敏性について説明する必要がある。これらの説明は,規則正しい排便習慣の回復を試みるための基礎となるほか,治療を個別化するための基礎となる。有病率,慢性疾患であること,継続的な治療の必要性について強調すべきである。
心理的ストレス,不安,気分障害を同定,評価,治療すべきである。特に便秘患者では,規則的な身体活動は,ストレス軽減を促進し,腸の機能を助ける。
食事
一般に,標準的な食事を摂るべきである。食事は過剰に摂らず,ゆっくり時間をかけて摂るべきである。腹部膨満および放屁増加患者では,豆,キャベツ,発酵性炭水化物を含む他の食品を減少または除去することによって効果が得られることがある。リンゴおよびブドウのジュース,バナナ,ナッツ,干しブドウの摂取量を減少することによっても放屁の発生が減少しうる。乳糖不耐症の所見を有する患者は,牛乳および乳製品の摂取を減らすべきである。腸の機能は,ソルビトール,マンニトール,果糖の摂取によっても阻害されることがある。ソルビトールおよびマンニトールは,ダイエット食品に使用されるほか,薬物の賦形剤として使用される人工甘味料で,果糖は,果物,ベリー類,植物の共通成分である。食後の腹痛がある� ��者は高蛋白低脂肪食を試すとよい。
食物繊維は,水分を吸収し,便を固めることによって,多くの患者に役立つ。便秘または下痢のいずれの患者にも有効であると考えられる。刺激のない膨張性下剤を使用してもよい(例,生のふすまを毎食時15mL[テーブルスプーン1杯]から開始し,水分摂取量を増加)。代わりに,オオバコ親水性粘漿薬をコップ2杯の水で服用してもよい。しかしながら,食物繊維の過剰摂取は鼓腸および下痢を引き起こしうる。したがって,食物繊維の量は個々の必要に応じて調整する必要がある。
薬物療法
薬物療法は,活動亢進期間中の短期間使用を除いてめったに勧められない。鎮痙作用を目的として抗コリン薬(例,ヒヨスチアミン0.125mgを食前30〜60分に服用)を使用してもよい。ザミフェナシンおよびダリフェナシンなどの新規選択的M3ムスカリン受容体拮抗薬は,心臓および胃に対する影響が少ない。
セロトニン受容体調節が有効なことがある。5HT4受容体作動薬テガセロドおよびプルカロプリドは,便秘患者に有用であろう。5HT3受容体拮抗薬(例,アロセトロン)は,女性の下痢患者に有益であろう
下痢患者に対して,ジフェノキシラート2.5〜5mgまたはロペラミド2〜4mgを食前に経口投与してもよい。しかしながら,止瀉作用に対する耐性が生じることがあるので,止瀉薬の長期使用は勧められない。多くの患者において,三環系抗うつ薬(例,デシプラミン,イミプラミン,アミトリプチリン50〜150mg,経口にて1日1回)は,便秘,下痢,腹痛,鼓腸の症状の緩和に有用である。これらの薬物は,腸からの脊髄および皮質求心路の活動を下方制御することによって,疼痛を緩和すると考えられる。最後に,患者によっては,特定の芳香油(駆風薬)で,平滑筋が弛緩し,痙攣痛が緩和する。ハッカ油はこのクラスで最も一般的に使用される薬剤である。
0 コメント:
コメントを投稿